マンハッタン殺人事件
テーマ:シネマからの招待状
2008/09/09 10:21
秋の気配がしてきました。ゲージュツの秋です。まあ固い事は言いっこなしよということで、ちょっとおかしい映画でも見ませんか?ニューヨーク物はやはりジャズ・ボーカルから始まります。これって定番ですよねぇ。
物語は、NYのとあるアパートで起こった隣人の老女の死に疑問を抱いたダイアン・キートン演ずる妻と、探偵まがいの違法行為に走る彼女をとがめつつもいつの間にか渦中にいることになったウディ・アレン演ずる夫をコミカルに描いた監督・主演のミステリー(?)。
アレン風味いっぱいのヒッチコック感覚ミステリーなのですが、どたばたな夫婦のやり取りや上流社会を皮肉ったような設定、コアなロケ場所など、彼らしいアイデアが満載です。
ダイアン・キートンとウッディ・アレンは、1972年の「ボギー!俺も男だ」で共演してから、公私を超えたパートナーですから、息もぴったり。地味ではありますが、いい感じのお二人です。
物語自体が終始コミカルに進むので、テーマが殺人事件なのかどうか、見ている方もわからなくなる。まあ、結果は最後までご覧いただければ・・・。
個人的には、アレンの映画はなんといいますか、普段ブラックでしか飲まない私にとってスプーン1杯の砂糖の入ったコーヒーみたいな感じなのですが、たまにはこんなコーヒーもありかなと。大都会に暮らす方には、一杯の清涼飲料水みたいなものでしょうか?
出演: ウディ・アレン, ダイアン・キートン
監督: ウディ・アレン 1993年
BOSS的には・・・★★★☆☆
物語は、NYのとあるアパートで起こった隣人の老女の死に疑問を抱いたダイアン・キートン演ずる妻と、探偵まがいの違法行為に走る彼女をとがめつつもいつの間にか渦中にいることになったウディ・アレン演ずる夫をコミカルに描いた監督・主演のミステリー(?)。
アレン風味いっぱいのヒッチコック感覚ミステリーなのですが、どたばたな夫婦のやり取りや上流社会を皮肉ったような設定、コアなロケ場所など、彼らしいアイデアが満載です。
ダイアン・キートンとウッディ・アレンは、1972年の「ボギー!俺も男だ」で共演してから、公私を超えたパートナーですから、息もぴったり。地味ではありますが、いい感じのお二人です。
物語自体が終始コミカルに進むので、テーマが殺人事件なのかどうか、見ている方もわからなくなる。まあ、結果は最後までご覧いただければ・・・。
個人的には、アレンの映画はなんといいますか、普段ブラックでしか飲まない私にとってスプーン1杯の砂糖の入ったコーヒーみたいな感じなのですが、たまにはこんなコーヒーもありかなと。大都会に暮らす方には、一杯の清涼飲料水みたいなものでしょうか?
出演: ウディ・アレン, ダイアン・キートン
監督: ウディ・アレン 1993年
BOSS的には・・・★★★☆☆
2 TRUMPETS
テーマ:ジャズからの招待状
2008/09/05 10:41
人間というのはつくづくアナログな動物ですよね。いえこれは別に人間に限ったことではなく、全ての動植物にいえることなのでしょうが・・・。
アナログかデジタルかという比較論、2元論的な話は以前はよくありましたが、最近はめっきり聞かなくなりました。お話したいのはそういうたいそうなお話ではなく、アナログ波形といいますか、人とか人間の触れ合いって、ぐわんと上がったらまたふわーんとさがる、そういうアナログな波をもった、ちょうど打ち寄せる波を波打ち際で見ているようなもののおはなしです。
デジタルだと、途中の話はとりあえずなくて、打ち寄せた状態かひいてる状態かという、まるでフラッシュバック状態。でも、現実の出来事は決してそうじゃないなと。
波の音を聞くと、不思議と落ち着いたりするのですが、あれがもし満ちた状態から引いた状態にスイッチさえるだけでしたら、心地よい波の音もしないはず。人の心もそういうものでしょうねぇ。

みんな元気なときもあれば、弱ってるときもあるわけで、弱ってるときには助け合ったり、元気なときには弱った誰かに分けてあげる。我々の直面する厳しいビジネスの世界の中でも、また何気ない家庭生活の中でも、そういった柔らかい生き方を忘れないでいたいものです。
BGMは、アート・ファーマーのアルバムから。今回は、新鋭ドナルド・バードとのトランペット2管、そしてマクリーンのアルトを加えた3管アルバムです。アナログですなぁ~。3つの波が、重なり合ったり離れたり・・・。
リズム隊はといえば、渋ーいバリー・ハリスのピアノにブレイキー道場出身のワトキンスのベースにアート・テイラーの太鼓。折りしもハード・バップ全盛の頃ではあります。
きつめタイトなリズムの上を、ちょっと大人の物静かさを織り込んで、それでもバップ魂は忘れない。マイルス門下の中ではブライトなファーマーとブラウニー派(?)の中ではややマイルドなバードの結果よく似通ったトーンの2本のハード・バップなラッパに、マクリーンの独特の音色のアルトが絡みつきます。
お勧めは、6曲目の"ROUND MIDNIGHT"。タイトルから想像するような、軍隊行進曲集みたいなものではなく、結構しっとりと聴けるなかなかのアルバムです。
アナログかデジタルかという比較論、2元論的な話は以前はよくありましたが、最近はめっきり聞かなくなりました。お話したいのはそういうたいそうなお話ではなく、アナログ波形といいますか、人とか人間の触れ合いって、ぐわんと上がったらまたふわーんとさがる、そういうアナログな波をもった、ちょうど打ち寄せる波を波打ち際で見ているようなもののおはなしです。
デジタルだと、途中の話はとりあえずなくて、打ち寄せた状態かひいてる状態かという、まるでフラッシュバック状態。でも、現実の出来事は決してそうじゃないなと。
波の音を聞くと、不思議と落ち着いたりするのですが、あれがもし満ちた状態から引いた状態にスイッチさえるだけでしたら、心地よい波の音もしないはず。人の心もそういうものでしょうねぇ。

みんな元気なときもあれば、弱ってるときもあるわけで、弱ってるときには助け合ったり、元気なときには弱った誰かに分けてあげる。我々の直面する厳しいビジネスの世界の中でも、また何気ない家庭生活の中でも、そういった柔らかい生き方を忘れないでいたいものです。
BGMは、アート・ファーマーのアルバムから。今回は、新鋭ドナルド・バードとのトランペット2管、そしてマクリーンのアルトを加えた3管アルバムです。アナログですなぁ~。3つの波が、重なり合ったり離れたり・・・。
リズム隊はといえば、渋ーいバリー・ハリスのピアノにブレイキー道場出身のワトキンスのベースにアート・テイラーの太鼓。折りしもハード・バップ全盛の頃ではあります。
きつめタイトなリズムの上を、ちょっと大人の物静かさを織り込んで、それでもバップ魂は忘れない。マイルス門下の中ではブライトなファーマーとブラウニー派(?)の中ではややマイルドなバードの結果よく似通ったトーンの2本のハード・バップなラッパに、マクリーンの独特の音色のアルトが絡みつきます。
お勧めは、6曲目の"ROUND MIDNIGHT"。タイトルから想像するような、軍隊行進曲集みたいなものではなく、結構しっとりと聴けるなかなかのアルバムです。
ブルックナー 交響曲第5番
テーマ:クラシックからの招待状
2008/09/04 13:07
5番シリーズ、今日はブルックナーです。60年代のベートーベンやモーツァルト受容の時代から、ちょうどバブルの頃でしたか、マーラーやブルックナーが身近に聞くことができるようになりました。
この二人の関係を簡単にご紹介すると、ワグナーに傾倒したブルックナーが第3交響曲をワグナーに献呈、以降この曲には「ワグナー」という表題がつくのですが、ブルックナー自体は標題音楽よりもむしろ、絶対音楽、音楽のための音楽を目指していました。
で、この第3交響曲は、献呈後5年を経て初演にこぎつけるのですが、それを聞きに来ていたのが当時17歳のマーラーでした。その後マーラーはこの曲をピアノ用に編曲したり、第6交響曲の初演を行うなど、若きマーラーがブルックナーに対して何がしかのものを抱いていたことは確かです。
この3番にまつわるお話は、またいずれということで、今回は5番シリーズにそって、お話ししてゆきます。ブルックナーといえば4番「ロマンティック」か7番がポピュラーなのですが、私はこの5番が一番のお気に入りなのです。
さて、この5番を作曲した頃のブルックナーは、精神的にも金銭的にも非常に苦しい時期でした。知人にあてた手紙には「私の人生は一切の喜びと楽しみを失いました」と書かれてありました。そんななかで最初に着手されたのが、第2楽章のアダージョでした。
5番といえばそれぞれの「運命交響曲」となるべく「運命」付けられているというのが私の持論なのですが、彼の場合もまた、自らの苦悩に立ち向かうべくかかれた曲だと思うのです。マーラーが徐々に地位と名誉を手に入れながら5番を書いたのとは対照的に、ブルックナーは自らを見つめ、「苦悩から歓喜へ」を願い、似非クリスチャンであるマーラーとは異なり、敬虔なカトリック教徒らしく、切々と神に願い作った曲だと思うのです。
それは第2楽章、ヴァイオリンのG線による演奏を含めた第2主題に込められ、苦悩を自ら曲を作ることによって克服しようとする彼のひたむきな意思を感じることができます。この楽章は、ブルックナーの交響曲全体の中でも美しさの際立ったもので、ブルックナーといえば自然、絶対的なる物、あるいは宗教的探求の代名詞ように言われますが、この曲に関して言えば、彼個人の魂や精神の表出に他ならないのではないでしょうか?
もちろん前作の第4交響曲以降、彼の交響曲の特徴である、美しい弦楽の幾重にも重なった壮言な響き、特徴的な金管の音色、そしてオルガンティック(オルガン的)なコラールはすでに確立されています。終楽章の第4楽章はアダージョではありますが、最後は大フーガで、さまざまな主題がコラールにより雄大かつ壮言に響き渡り、彼の歓喜の、勝利の大団円となります。この交響曲は、彼なりの交響曲のあるべき姿のひとつの答えとして、世に送り出されたのではないでしょうか。
〔CD聞いてみてちょ〕
ヴァント指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1996年)
ギュンター・ヴァント。私は彼を「現代のブルックナー」と思っています。実際に逢ったことなどもちろんないのですが、作曲者の人柄に最も近いのではないかと思っています。そんなわけで私のブルックナー・ライブラリのほとんどはヴァント指揮のもので占められているのですが、このアルバムは彼がなんと80歳を過ぎての録音なのです。
にもかかわらず、まるで古武士が名刀を自在に操るように、ベルリン響の魅力を最大限に引き出し、ピアニシモでの弦と木管のひそやかな掛け合いや、フォルテシモでも無機質にならないタクト・コントロールなど、作曲者の思いが淡々と、しかし確実に表現された名演だと思います。ブルックナーを環境音楽だと思われている方は、是非この曲をこのアルバムでお聞きください。百数十年前のひとつの魂、ひとつの意思がそこにはあります。
この二人の関係を簡単にご紹介すると、ワグナーに傾倒したブルックナーが第3交響曲をワグナーに献呈、以降この曲には「ワグナー」という表題がつくのですが、ブルックナー自体は標題音楽よりもむしろ、絶対音楽、音楽のための音楽を目指していました。
で、この第3交響曲は、献呈後5年を経て初演にこぎつけるのですが、それを聞きに来ていたのが当時17歳のマーラーでした。その後マーラーはこの曲をピアノ用に編曲したり、第6交響曲の初演を行うなど、若きマーラーがブルックナーに対して何がしかのものを抱いていたことは確かです。
この3番にまつわるお話は、またいずれということで、今回は5番シリーズにそって、お話ししてゆきます。ブルックナーといえば4番「ロマンティック」か7番がポピュラーなのですが、私はこの5番が一番のお気に入りなのです。
さて、この5番を作曲した頃のブルックナーは、精神的にも金銭的にも非常に苦しい時期でした。知人にあてた手紙には「私の人生は一切の喜びと楽しみを失いました」と書かれてありました。そんななかで最初に着手されたのが、第2楽章のアダージョでした。
5番といえばそれぞれの「運命交響曲」となるべく「運命」付けられているというのが私の持論なのですが、彼の場合もまた、自らの苦悩に立ち向かうべくかかれた曲だと思うのです。マーラーが徐々に地位と名誉を手に入れながら5番を書いたのとは対照的に、ブルックナーは自らを見つめ、「苦悩から歓喜へ」を願い、似非クリスチャンであるマーラーとは異なり、敬虔なカトリック教徒らしく、切々と神に願い作った曲だと思うのです。
それは第2楽章、ヴァイオリンのG線による演奏を含めた第2主題に込められ、苦悩を自ら曲を作ることによって克服しようとする彼のひたむきな意思を感じることができます。この楽章は、ブルックナーの交響曲全体の中でも美しさの際立ったもので、ブルックナーといえば自然、絶対的なる物、あるいは宗教的探求の代名詞ように言われますが、この曲に関して言えば、彼個人の魂や精神の表出に他ならないのではないでしょうか?
もちろん前作の第4交響曲以降、彼の交響曲の特徴である、美しい弦楽の幾重にも重なった壮言な響き、特徴的な金管の音色、そしてオルガンティック(オルガン的)なコラールはすでに確立されています。終楽章の第4楽章はアダージョではありますが、最後は大フーガで、さまざまな主題がコラールにより雄大かつ壮言に響き渡り、彼の歓喜の、勝利の大団円となります。この交響曲は、彼なりの交響曲のあるべき姿のひとつの答えとして、世に送り出されたのではないでしょうか。
〔CD聞いてみてちょ〕
ヴァント指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1996年)
ギュンター・ヴァント。私は彼を「現代のブルックナー」と思っています。実際に逢ったことなどもちろんないのですが、作曲者の人柄に最も近いのではないかと思っています。そんなわけで私のブルックナー・ライブラリのほとんどはヴァント指揮のもので占められているのですが、このアルバムは彼がなんと80歳を過ぎての録音なのです。
にもかかわらず、まるで古武士が名刀を自在に操るように、ベルリン響の魅力を最大限に引き出し、ピアニシモでの弦と木管のひそやかな掛け合いや、フォルテシモでも無機質にならないタクト・コントロールなど、作曲者の思いが淡々と、しかし確実に表現された名演だと思います。ブルックナーを環境音楽だと思われている方は、是非この曲をこのアルバムでお聞きください。百数十年前のひとつの魂、ひとつの意思がそこにはあります。
秋桜 その1
テーマ:一休み、一休み!
2008/09/02 10:17

あなたから 電話するよと言ったきり あれが何時のことかさえ 今の私は思い出せない

手をつなぎ 花の畑を 走った日 散ることさえも 思い描けず

透き通る この花びらに 励まされ あなたの笑顔 夕暮れに待つ
オータム・イン・ニューヨーク
テーマ:シネマからの招待状
2008/09/02 10:01
人はみな、誰かに愛されたいと願っています、しかも「永遠」に。愚かしくも、人の命に限りがあることを知りながら・・・。映画「月の輝く夜に」では、死への恐怖が人を恋に駆り立てることがテーマになっていましたが、この映画も「恋と永遠」がテーマとなっています。
主人公のウィルは48歳の実業家。ニューヨークで高級レストランを経営し、雑誌の表紙を飾り、「死」を恐れるように、あるいは「永遠」を回避するかのように次々と恋を渡り歩く生活に明け暮れています。そんな彼が、秋のセントラルパークでひとつの恋に終止符を打ったその時、一人の若い女性に出会います。シャーロット、22歳。美術学校で帽子のデザインを学ぶ彼女は、実は若かりし頃の恋人の実娘でした。ウィルにとっては年の差はあれど、いつもと同じように始まった、ワンシーズン賞味期限の恋。ところが、彼女の純粋さに知らず知らずに引かれてゆき、「永遠に続く真実」に気づき始めた矢先、逆に彼女の賞味期限、いやその命自体が1年しかないことを知ります。
避けようのない限りのある、しかも絶対的なそんな愛に身をやつすことの怖さ。愛すれば愛するほど、わかりきった別離の瞬間の恐怖は夏の午後の積乱雲のように湧き上がりその心を覆いつくします。愛するべきか、否か。しかし、真実の愛に対して、人は抗すべきものなど持ち得ないのです。愛が無常であるがゆえに、亀井勝一郎の「愛の無常について」のように。「絶対的なるもの」「真実」、そんな人の力ではどうにもならない大きなもの無常なものに対峙したとき、人はその持てる資質のすべてで「今をせいいっぱい生きるしかない」。そんなことを、自ら女優でもあるジョアン・チェンは伝えたかったのではないでしょうか?
ロックフェラーセンターのスケートリンク、落葉で黄金色に輝くセントラルパーク、ブロンクス植物園、そして粉雪の舞うマンハッタン。「いくつもの窓や無数の人々を見下ろすマンハッタンの空を飛んでいる天使が、この美しくも悲しいラブ・ストーリーを語り聞かせている様に撮りたかった」と語るクー・チャンウェイによる華麗な映像は、儚さを切り取ったような美しい作品になっています。女性監督の映画というのは、もう一刺しほしいなぁと思うのが個人的な意見ではありますが・・・。
天使が舞い降りてきた。でも、天使はいつかは天国へと戻ってゆく。その「記憶」だけを私に残して・・・。
出演: リチャード・ギア, ウィノナ・ライダー
監督: ジョアン・チェン 2000年
BOSS的には・・・★★★☆☆
主人公のウィルは48歳の実業家。ニューヨークで高級レストランを経営し、雑誌の表紙を飾り、「死」を恐れるように、あるいは「永遠」を回避するかのように次々と恋を渡り歩く生活に明け暮れています。そんな彼が、秋のセントラルパークでひとつの恋に終止符を打ったその時、一人の若い女性に出会います。シャーロット、22歳。美術学校で帽子のデザインを学ぶ彼女は、実は若かりし頃の恋人の実娘でした。ウィルにとっては年の差はあれど、いつもと同じように始まった、ワンシーズン賞味期限の恋。ところが、彼女の純粋さに知らず知らずに引かれてゆき、「永遠に続く真実」に気づき始めた矢先、逆に彼女の賞味期限、いやその命自体が1年しかないことを知ります。
避けようのない限りのある、しかも絶対的なそんな愛に身をやつすことの怖さ。愛すれば愛するほど、わかりきった別離の瞬間の恐怖は夏の午後の積乱雲のように湧き上がりその心を覆いつくします。愛するべきか、否か。しかし、真実の愛に対して、人は抗すべきものなど持ち得ないのです。愛が無常であるがゆえに、亀井勝一郎の「愛の無常について」のように。「絶対的なるもの」「真実」、そんな人の力ではどうにもならない大きなもの無常なものに対峙したとき、人はその持てる資質のすべてで「今をせいいっぱい生きるしかない」。そんなことを、自ら女優でもあるジョアン・チェンは伝えたかったのではないでしょうか?
ロックフェラーセンターのスケートリンク、落葉で黄金色に輝くセントラルパーク、ブロンクス植物園、そして粉雪の舞うマンハッタン。「いくつもの窓や無数の人々を見下ろすマンハッタンの空を飛んでいる天使が、この美しくも悲しいラブ・ストーリーを語り聞かせている様に撮りたかった」と語るクー・チャンウェイによる華麗な映像は、儚さを切り取ったような美しい作品になっています。女性監督の映画というのは、もう一刺しほしいなぁと思うのが個人的な意見ではありますが・・・。
天使が舞い降りてきた。でも、天使はいつかは天国へと戻ってゆく。その「記憶」だけを私に残して・・・。
出演: リチャード・ギア, ウィノナ・ライダー
監督: ジョアン・チェン 2000年
BOSS的には・・・★★★☆☆
WHEN FARMER MET GRYCE
テーマ:ジャズからの招待状
2008/07/18 09:51
昨日のニュースで、近畿・中国地方が梅雨明けしたとか・・・
えっ?まだ梅雨明けしてなかったの?だって、四国はずいぶん前から常夏のヒート・アイランドなんですけどねぇ~。
で、ヒートとアートを引っ掛けたわけではないのですが、今日はアート・ファーマーの2管アルバムです。このアルバムが録音された当時、ニューヨークはハード・パップの嵐といいますか、熱風が吹き荒れておりました。
ファーマーといえば農夫ではなくて、かの「クール・ストラッティン」でマクリーンとともに「パーン」とやってるトランペッター。トランペッターとしては中間派といいますか、ファンキー一辺倒でもなく、かといってくすんだ音色でもなく(ドーハムさん、ごめんなさい)、かの時代にあってはむしろ今風といいますか、現代的なサウンドを奏でていました。
そんな彼が、類は友を呼ぶ「ジジ・クライス」とコンビを組んだこのアルバムでは、実は爆走ありきのハードバップではなく、二人のちょっと知的なアンサンブルを聞かせてくれます。
そんな彼らのアプローチが、まっすぐなハードバップにこれもありだなと思わせた、その最たるものが、3年後に録音された「クール・ストラッティン」だったのでは・・・。
全8曲ともクライスの名アレンジで手なずけられており、また前半後半でリズム隊のメンバーが異り、前半のピアノはファンキー・シルバーがこらえにこらえながらもピクピクとホッピンしています。
ラストの「THE INFANT'S SONG」で二人が聞かせるバラードも渋くてよいです。モダン・ジャズの一枚。エアコンの効いたちょっと涼しめの部屋で、カンパリソーダなど傾けながら・・・。
えっ?まだ梅雨明けしてなかったの?だって、四国はずいぶん前から常夏のヒート・アイランドなんですけどねぇ~。
で、ヒートとアートを引っ掛けたわけではないのですが、今日はアート・ファーマーの2管アルバムです。このアルバムが録音された当時、ニューヨークはハード・パップの嵐といいますか、熱風が吹き荒れておりました。
ファーマーといえば農夫ではなくて、かの「クール・ストラッティン」でマクリーンとともに「パーン」とやってるトランペッター。トランペッターとしては中間派といいますか、ファンキー一辺倒でもなく、かといってくすんだ音色でもなく(ドーハムさん、ごめんなさい)、かの時代にあってはむしろ今風といいますか、現代的なサウンドを奏でていました。
そんな彼が、類は友を呼ぶ「ジジ・クライス」とコンビを組んだこのアルバムでは、実は爆走ありきのハードバップではなく、二人のちょっと知的なアンサンブルを聞かせてくれます。
そんな彼らのアプローチが、まっすぐなハードバップにこれもありだなと思わせた、その最たるものが、3年後に録音された「クール・ストラッティン」だったのでは・・・。
全8曲ともクライスの名アレンジで手なずけられており、また前半後半でリズム隊のメンバーが異り、前半のピアノはファンキー・シルバーがこらえにこらえながらもピクピクとホッピンしています。
ラストの「THE INFANT'S SONG」で二人が聞かせるバラードも渋くてよいです。モダン・ジャズの一枚。エアコンの効いたちょっと涼しめの部屋で、カンパリソーダなど傾けながら・・・。
Art Farmer / Gigi Gryce
Universal Japan
1994-10-21
Amazon.co.jp ランキング: 53184位
おすすめ平均:
いぶし銀対決 選曲・編曲抜群の名演
抑制の美学
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マーラー 交響曲第5番
テーマ:クラシックからの招待状
2008/07/11 09:54
実は名曲ぞろいの交響曲5番、前回のベートーベンに続き、今日は我が愛するマーラーの5番をご紹介します。というか、私がマーラーファンになったのがこの曲であり、また私をここまでのクラシックの悪の道に引きずり込んだ張本人がこの曲でした。
巷ではマーラーといえばこの5番と「大地の歌」と言われますが、これはひとえに、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」の全編を通して流れる第3楽章アダージェットのせいもあり、また一時クラシック界だけでなく軽音楽のお好きな方をも巻き込んだ「アダージョ・ブーム」のせいなのかは定かではありませんが、過去来日するオケの演奏項目の中でも1、2を争うのがこの5番でした。
実は私がこの曲を聴いたのはそんなブームとは関係のないところで、ある日耳にした第一楽章のトランペットのソロに始まる葬送行進曲に引きづられて今日まできてしまったのです。で、肝心のアダージョの美しさは全くもって気がついていませんでした。私の場合は、CDなるものが出始めた20年ほど前、眠れぬ夜更けに愛車を引っ張り出し、峠のワインディングロードをBGMなしでさんざん駆け回ったあと、うっすら明け始めた朝もやの海を見ながら、カセットに取ったこの曲の第一楽章を紫の煙の中で聞いていたのです。
私の話はこの辺にして、第5交響曲です。この曲に関する諸説はいろいろあると思いますが、私なりの偏見だけのお話を。客観性は皆無なのでご容赦ください。
以前お話した第4交響曲を作ってすぐ、マーラーはこの曲に取り掛かります。ちょうど世紀が変わるころ、そしてマーラー自身は、彼とともに語り継がれるアルマとの結婚生活に入った時期でした。有名な画家クリムトに求婚されたこともあるアルマとの、出会いから結婚という人生における大きな転換期でもあり、またひとつの目標でもあるベートーベン第5と同じ番号の曲を作るにあたって、マーラーの心中やいかなるものだったのか。「ベートーベンを超えなければいけない、いや自分なら超えることができる。しかしどのようにして・・・。」
幸いにして彼には世紀末という交響曲自体の転換期という強い味方がおり、またアルマという自己のエネルギーの炎に油を注ぐ対象が生まれ、彼女の取り巻きであるウィーン分離派の面々との精神的な対峙もあり、そしてなによりも才女の誉れであるアルマを射落とすために振舞った彼の行動は、彼の持つユダヤ性=女性を乗り越える普遍的な強さであり、また彼女に対する強い意思=愛であり、歴史と伝統に対する彼独特のアイロニーを含んだ、しかし正々堂々とした挑戦状、それがこの第5交響曲だったのではないでしょうか?
感傷的なユーゲントシュティール風のアダージョ楽章は第4楽章ですが、実際この曲は第1、2楽章による第一部、第2楽章による第2部、第4、5楽章による第3部という3部形式となっており、第4楽章は終楽章への序曲なのです。
そしてこの終楽章に現れるブルックナー風のコラールも、実は拮抗するアルマとの論説を乗り越えたアイロニーが仕込まれ、かつてベートーベンが実現した「苦悩から栄光へ」をひっそりほくそえみながらパロディ化し、しかも表面はしっかりと形式を守りとおしているかに見えます。この男性性=形式、伝統と女性性=パロディやアイロニィ、引用や突発という対立の構図は、マーラーの音楽そのものであり、その構図が最もバランスよく成立しているがゆえに、彼は運命交響曲を超えたという自信を持ったのではないでしょうか?
■マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
実は例のCD出始めの頃買ったのがこれでした。ウィーンフィル独特のサウンドにのったどちらかといえば近代的で感情移入のない知的でクールな演奏は、当時の私にベートーベンの第5を想起させる力はありませんでした。(私自身の未熟さも当然あったのですが・・・)
この曲を悲しく美しいシンフォニーとしてお聞きになるにはお勧めの1枚だと思います。少なくとも私を夜更けのワインディングに連れ出す魔力はありました。
■バーンスタイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
前述のマゼールの指揮から5年後の同じオケでの録音ですが、はっきり言って全く違う曲想になっています。というか、まったくのバーンスタイン節であり、ある種マーラーそのものでもあります。
彼のタクトに導かれたウィーンフィルは限りなく感傷的で、まるで背中で泣いてる浪花節の世界です。特に第4楽章はまるで「ベニスに死す」を実体験しているようなリアリティがあり、前編を通してバーンスタインの魂のこもった曲になっています。ただ、あまりにも強烈な二人の個性の相乗効果に、マーラー初心者は少し戸惑うかも。そんなかたは、生涯のマーラーぎらいにならないためにも、マゼールで少々初心者運転の後がよいかもしれません。
■レヴァイン指揮 フィラデルフィア管弦楽団
レヴァインといえばメトのオペラと来る方は、相当のオペラマニアのかた。今日はなんとマーラーです。しかも声楽のない5番ですぞー!!いやーこれがまたなかなかなのです。バーンスタインのように変に感情移入せず、フィラデルフィアという玄人集団の名人芸を披露しつつ、スコアに忠実にしかし、彼の持つ知的な美学をちりばめた素晴らしい演奏になっています。これも初級の方にもお勧めできる1枚だと思います。
巷ではマーラーといえばこの5番と「大地の歌」と言われますが、これはひとえに、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」の全編を通して流れる第3楽章アダージェットのせいもあり、また一時クラシック界だけでなく軽音楽のお好きな方をも巻き込んだ「アダージョ・ブーム」のせいなのかは定かではありませんが、過去来日するオケの演奏項目の中でも1、2を争うのがこの5番でした。
実は私がこの曲を聴いたのはそんなブームとは関係のないところで、ある日耳にした第一楽章のトランペットのソロに始まる葬送行進曲に引きづられて今日まできてしまったのです。で、肝心のアダージョの美しさは全くもって気がついていませんでした。私の場合は、CDなるものが出始めた20年ほど前、眠れぬ夜更けに愛車を引っ張り出し、峠のワインディングロードをBGMなしでさんざん駆け回ったあと、うっすら明け始めた朝もやの海を見ながら、カセットに取ったこの曲の第一楽章を紫の煙の中で聞いていたのです。
私の話はこの辺にして、第5交響曲です。この曲に関する諸説はいろいろあると思いますが、私なりの偏見だけのお話を。客観性は皆無なのでご容赦ください。
以前お話した第4交響曲を作ってすぐ、マーラーはこの曲に取り掛かります。ちょうど世紀が変わるころ、そしてマーラー自身は、彼とともに語り継がれるアルマとの結婚生活に入った時期でした。有名な画家クリムトに求婚されたこともあるアルマとの、出会いから結婚という人生における大きな転換期でもあり、またひとつの目標でもあるベートーベン第5と同じ番号の曲を作るにあたって、マーラーの心中やいかなるものだったのか。「ベートーベンを超えなければいけない、いや自分なら超えることができる。しかしどのようにして・・・。」
幸いにして彼には世紀末という交響曲自体の転換期という強い味方がおり、またアルマという自己のエネルギーの炎に油を注ぐ対象が生まれ、彼女の取り巻きであるウィーン分離派の面々との精神的な対峙もあり、そしてなによりも才女の誉れであるアルマを射落とすために振舞った彼の行動は、彼の持つユダヤ性=女性を乗り越える普遍的な強さであり、また彼女に対する強い意思=愛であり、歴史と伝統に対する彼独特のアイロニーを含んだ、しかし正々堂々とした挑戦状、それがこの第5交響曲だったのではないでしょうか?
感傷的なユーゲントシュティール風のアダージョ楽章は第4楽章ですが、実際この曲は第1、2楽章による第一部、第2楽章による第2部、第4、5楽章による第3部という3部形式となっており、第4楽章は終楽章への序曲なのです。
そしてこの終楽章に現れるブルックナー風のコラールも、実は拮抗するアルマとの論説を乗り越えたアイロニーが仕込まれ、かつてベートーベンが実現した「苦悩から栄光へ」をひっそりほくそえみながらパロディ化し、しかも表面はしっかりと形式を守りとおしているかに見えます。この男性性=形式、伝統と女性性=パロディやアイロニィ、引用や突発という対立の構図は、マーラーの音楽そのものであり、その構図が最もバランスよく成立しているがゆえに、彼は運命交響曲を超えたという自信を持ったのではないでしょうか?
■マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
実は例のCD出始めの頃買ったのがこれでした。ウィーンフィル独特のサウンドにのったどちらかといえば近代的で感情移入のない知的でクールな演奏は、当時の私にベートーベンの第5を想起させる力はありませんでした。(私自身の未熟さも当然あったのですが・・・)
この曲を悲しく美しいシンフォニーとしてお聞きになるにはお勧めの1枚だと思います。少なくとも私を夜更けのワインディングに連れ出す魔力はありました。
■バーンスタイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
前述のマゼールの指揮から5年後の同じオケでの録音ですが、はっきり言って全く違う曲想になっています。というか、まったくのバーンスタイン節であり、ある種マーラーそのものでもあります。
彼のタクトに導かれたウィーンフィルは限りなく感傷的で、まるで背中で泣いてる浪花節の世界です。特に第4楽章はまるで「ベニスに死す」を実体験しているようなリアリティがあり、前編を通してバーンスタインの魂のこもった曲になっています。ただ、あまりにも強烈な二人の個性の相乗効果に、マーラー初心者は少し戸惑うかも。そんなかたは、生涯のマーラーぎらいにならないためにも、マゼールで少々初心者運転の後がよいかもしれません。
■レヴァイン指揮 フィラデルフィア管弦楽団
レヴァインといえばメトのオペラと来る方は、相当のオペラマニアのかた。今日はなんとマーラーです。しかも声楽のない5番ですぞー!!いやーこれがまたなかなかなのです。バーンスタインのように変に感情移入せず、フィラデルフィアという玄人集団の名人芸を披露しつつ、スコアに忠実にしかし、彼の持つ知的な美学をちりばめた素晴らしい演奏になっています。これも初級の方にもお勧めできる1枚だと思います。
今は昔の名残にて・・・
テーマ:一休み、一休み!
2008/07/10 09:47

丘に上げられた舟一艘。彼は、水面に浮かぶ夢を見ながら、誰を待っているのでしょうか?
コラテラル
テーマ:シネマからの招待状
2008/07/08 11:17
梅雨も明け、猛暑の毎日。暑いと、ついつい気も立って、なんでもないことに怒ったり・・・してませんか?ハリウッドあたりで、怒り心頭に達すると、こんなことになるのかも・・・。今日はそんな映画をご紹介します。
会社経営を夢見るしがないタクシードライバーのマックス(ジェイミー・フォックス)は、ある夜一人の客を拾います。ヴィンセント(トム・クルーズ)と名乗るその男は、不動産の仕事で今夜5人の客を回らなければならないと告げ、マックスは彼から$600で一夜のタクシーの貸切を依頼されます。
一晩で7万円近くですから悪い仕事ではない。最初の指定場所へ着き、車から降りたヴィンセントを待っていると、いきなりタクシーの屋根に死体が落ちてきます。殺したのは何とヴィンセント。本業が実は殺し屋である彼の目的は、一夜で5人の標的を殺すことでした。とんでもないことに巻き込まれたマックスの運命やいかに・・・。
1台のタクシーで起こるたった一晩の物語にしては、シーンも会話もいかしてるし、なによりもマイケル・マンお得意の夜景、それはそれは美しいのです。カメラアングルも彼の持ち味であるダンディズムをうまく増幅しています。
マックスを演じるジェイミー・フォックスは、映画「レイ」で神がかり的な演技でアカデミー主演男優賞を受賞、マン監督にも気に入られてその後「マイアミ・バイス」にも起用された新進気鋭の俳優です。
「殺したのは銃弾で、俺は撃っただけ」という独特の殺しの哲学を持つビンセントと、「人間なら誰でも持っているはずの何かがあんたには欠けている」と話すマックスとの、人間性の対比がタクシーの前後の席で繰りひろげられます。
しかし本来憎むべき殺し屋のビンセントにも、トム・クルーズが演じているということ以外になんとなく共感を感じてしまいます。それは彼に、「目的に向かって一切の迷いなく突き進む」という潔さ、男らしさを感じるからでしょうか?そういう意味では、マックスの方は夢ばかり見ていていつまでたっても何も出来ない典型的な負け犬に見えてきます。高そうなスーツだけでなく、ビンセントのそういったプロの殺し屋としての身のこなしや、惚れ惚れするような銃の扱いのかっこよさも共感する一因かもしれません。
マイケル・マンは、サム・ペキンパーのように男臭い映画を撮ることで有名な監督です。女性を描くのが下手なのもペキンパーゆずりかも。下手です、はい。というか、「マイアミ・バイス」もそうでしたが、どうでもいいと思ってるのかも・・・。
とにかくダンディズムや哀愁、渋さにかけては現代屈指の監督だと思います。また生の銃声をわざわざ録音して使ったり、銃痕にまでリアリティを追求するという彼のガンアクションの演出も、我々男どもにびしびしと訴えるものがあるのかもしれません。トム・クルーズファン、あるいは男の色気に興味のある女性の方へお勧め。もちろん硬派の男性には100%お勧めです。
出演: トム・クルーズ, ジェイミー・フォックス, ジェイダ・ピンケット=スミス
監督: マイケル・マン 2004年
★★★★☆
会社経営を夢見るしがないタクシードライバーのマックス(ジェイミー・フォックス)は、ある夜一人の客を拾います。ヴィンセント(トム・クルーズ)と名乗るその男は、不動産の仕事で今夜5人の客を回らなければならないと告げ、マックスは彼から$600で一夜のタクシーの貸切を依頼されます。
一晩で7万円近くですから悪い仕事ではない。最初の指定場所へ着き、車から降りたヴィンセントを待っていると、いきなりタクシーの屋根に死体が落ちてきます。殺したのは何とヴィンセント。本業が実は殺し屋である彼の目的は、一夜で5人の標的を殺すことでした。とんでもないことに巻き込まれたマックスの運命やいかに・・・。
1台のタクシーで起こるたった一晩の物語にしては、シーンも会話もいかしてるし、なによりもマイケル・マンお得意の夜景、それはそれは美しいのです。カメラアングルも彼の持ち味であるダンディズムをうまく増幅しています。
マックスを演じるジェイミー・フォックスは、映画「レイ」で神がかり的な演技でアカデミー主演男優賞を受賞、マン監督にも気に入られてその後「マイアミ・バイス」にも起用された新進気鋭の俳優です。
「殺したのは銃弾で、俺は撃っただけ」という独特の殺しの哲学を持つビンセントと、「人間なら誰でも持っているはずの何かがあんたには欠けている」と話すマックスとの、人間性の対比がタクシーの前後の席で繰りひろげられます。
しかし本来憎むべき殺し屋のビンセントにも、トム・クルーズが演じているということ以外になんとなく共感を感じてしまいます。それは彼に、「目的に向かって一切の迷いなく突き進む」という潔さ、男らしさを感じるからでしょうか?そういう意味では、マックスの方は夢ばかり見ていていつまでたっても何も出来ない典型的な負け犬に見えてきます。高そうなスーツだけでなく、ビンセントのそういったプロの殺し屋としての身のこなしや、惚れ惚れするような銃の扱いのかっこよさも共感する一因かもしれません。
マイケル・マンは、サム・ペキンパーのように男臭い映画を撮ることで有名な監督です。女性を描くのが下手なのもペキンパーゆずりかも。下手です、はい。というか、「マイアミ・バイス」もそうでしたが、どうでもいいと思ってるのかも・・・。
とにかくダンディズムや哀愁、渋さにかけては現代屈指の監督だと思います。また生の銃声をわざわざ録音して使ったり、銃痕にまでリアリティを追求するという彼のガンアクションの演出も、我々男どもにびしびしと訴えるものがあるのかもしれません。トム・クルーズファン、あるいは男の色気に興味のある女性の方へお勧め。もちろん硬派の男性には100%お勧めです。
出演: トム・クルーズ, ジェイミー・フォックス, ジェイダ・ピンケット=スミス
監督: マイケル・マン 2004年
★★★★☆
トム・クルーズ
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トム・クルーズの演技が素晴らしい!
ヴィンセント、恐すぎっす!
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A NIGHT AT BIRDLAND
テーマ:ジャズからの招待状
2008/07/04 09:43
昨日は地元香川で35度という真夏日でした。もう梅雨が明けるの?梅雨明けといえば、7月末の鈴鹿8耐の頃って相場が決まっていたのですが・・・
で、暑い日は熱いJAZZを!ということで、NYの暑い夜をご紹介します。モダンジャスに長くその足跡を残し、数々のミュージシャンを世に輩出したブレイキー道場の主宰、アート・ブレイキーの出世作、「バードランドの夜」です。
1954年2月21日、ニューヨークはブロードウェイ1678番地にある、チャーリー・パーカーの名を冠したJAZZクラブは、外の寒風とは裏腹に、昨日今日の天気のように「SO HOT!」でした。
ブラウニーのペット、ルーのアルト、シルバーのピアノ、そして御大ブレイキーの瀑布のごときスティックワーク。ハードバップの夜明けにして、真昼間の灼熱状態です。パーカー作「NOW'S THE TIME」のブラウニーに酔いしれながら、7月の夜は更けてゆきます。
で、暑い日は熱いJAZZを!ということで、NYの暑い夜をご紹介します。モダンジャスに長くその足跡を残し、数々のミュージシャンを世に輩出したブレイキー道場の主宰、アート・ブレイキーの出世作、「バードランドの夜」です。
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Art Blakey Quintet
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まさにその場にいるような臨場感
古い録音だけど意外と音質がいい
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Art Blakey
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初心者をジャズの虜にさせるスリリングな演奏
伝説のライブ第2弾 熱くエキサイトするバードランド
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